公共事業や道路の拡張により、所有している土地や建物が収用の対象となることがあります。
収用によって補償金を受け取った場合には、一定の要件のもとで、5,000万円の特別控除や代替資産への買換えなどの特例を利用できます。どの特例を選択するかによって、将来の売却時も含めた税負担が変わる可能性があります。
本記事では、収用までの流れ、補償金の所得区分、5,000万円特別控除と代替資産への買換えの違い、申告手続を解説します。
01土地収用までのスケジュール
ここでは、公共事業のための買取りについて合意し、契約により土地等を譲渡する場合の一般的な流れを説明します。税制上の特例を検討する際は、買取り等の申出日、契約日、引渡日を確認することが重要です。
| # | 手続 | 内容 |
|---|---|---|
| 1 | 事業計画の策定・都市計画決定等 | 道路などの整備計画を定め、都市計画に位置付ける事業では、必要な都市計画決定・変更等の手続を進めます。 |
| 2 | 事業計画の説明・調査 | 事業を行う国・地方公共団体等が計画を説明し、土地の面積、建物、権利関係などを調査します。 |
| 3 | 補償額の算定・買取り等の申出 | 調査結果に基づき補償額が算定され、買取り等の申出が行われます。最初の申出日は5,000万円特別控除の6か月要件に関係するため、申出証明書で確認します。 |
| 4 | 補償内容・引渡条件の協議 | 補償金の内訳、建物の移転や取壊し、土地の引渡時期などを確認し、契約条件を整えます。 |
| 5 | 契約の締結・補償金の支払い・引渡し | 合意した内容で契約し、契約条件に従って補償金の支払い、建物の移転・取壊し、土地の引渡しを行います。実施順序や、税制上の特例に必要な証明書の交付も事業者に確認します。 |
02土地収用にかかわる優遇措置の概要
2-15,000万円特別控除
制度の概要
一定の要件を満たす場合、収用等による譲渡益について最高5,000万円までの特別控除を受けられます。譲渡益が控除額の範囲内であれば、その譲渡益に対する税負担は生じません。ただし、特例の適用を受けるには、必要書類を添えて確定申告をする必要があります。
主な適用要件
主な要件は、最初に買取り等の申出があった日から6か月を経過した日までに譲渡すること、原則として最初に買取り等の申出を受けた人が譲渡することなどです。申出を受けた人が死亡した場合は、相続または遺贈によりその資産を取得した人も対象に含まれます。
仲裁の申請や補償金の支払請求など、所定の申請等が期限までに行われた場合は、6か月を経過した日後の譲渡でも適用対象となる例外があるため、申出から契約までに期間が空いたときは個別に確認します。
同じ収用事業について複数年にわたり譲渡する場合、5,000万円特別控除を受けられるのは最初に譲渡した年に限られ、同一年中の収用等による譲渡については、代替資産への買換えによる課税の繰延べとの選択適用となります。
2-2代替資産への買換え
制度の概要
収用等によって受け取った対価補償金等で代替資産を取得した場合、一定の要件を満たすと、譲渡益に対する課税を将来に繰り延べることができます。補償金等の一部だけを買換えに充てた場合は、買換えに充てなかった部分に対応する譲渡益が課税の対象となります。
代替資産の種類や取得期間には要件があります。個人と法人では具体的な計算方法や手続が異なり、特に個人では、所得の種類などによって適用される税率が異なるため、特例の選択によって税負担が変わる可能性があります。
主な適用要件
買換えの対象となる資産の種類や取得期間などの要件を確認します。特別控除と買換えの適用関係は3-4のとおりです。
個人の場合、代替資産の取得期間は、原則として、収用等があった年、その前年のうち譲渡することが明らかとなった日以後の期間、または収用等があった年の翌年1月1日から収用等の日以後2年を経過する日までです。一定の場合には取得期限の特例があります。
03個人の場合の留意点
3-1収用前の贈与の留意点
個人の5,000万円特別控除は譲渡者ごとに適用されます。買取り等の申出前に贈与等により所有権を移転した場合は、移転を受けた者が最初の買取り等の申出を受け、その他の要件も満たすときに、その者が譲渡者として特別控除の適用を検討できます。
一方、最初の買取り等の申出後に贈与等により取得した者には、原則として適用されません。
収用前の贈与には贈与税や登録免許税、不動産取得税などが生じる場合があり、特別控除だけで有利・不利を判断することはできません。
3-2補償金の所得区分
補償金は、対価補償金や収益補償金などの名称で支払われ、その内容によって所得区分が異なります。補償金の種類と主な所得区分は以下のとおりです。
| 補償金の種類 | 取扱い・留意点 | 税務上の区分 |
|---|---|---|
| 対価補償金 | 原則として、収用等の課税の特例の対象 | 譲渡所得・山林所得 |
| 収益補償金 | 営業や賃貸収入の減少などを補うもの。事業の内容に応じて判定 | 事業所得・不動産所得・雑所得 |
| 経費補償金 | 休廃業等の費用を補うもの。一定の資産の損失を補うものは譲渡所得・山林所得 | 事業所得・不動産所得・雑所得など |
| 移転補償金 | 目的に沿った支出額は収入不算入。未使用額・残額は一時所得となり、建物の取壊しでは対価補償金として扱える場合もある | 収入不算入・一時所得・譲渡所得 |
| その他の補償金 | 精神的損害への補償など、非課税となるものもある | 実態に応じて判定 |
3-3特別控除と買換えの選択
譲渡益が5,000万円以下で適用要件を満たす場合、特別控除は譲渡時の税負担を抑えやすい方法です。一方、買換えの特例は譲渡時の課税を将来に繰り延べる制度であり、代替資産の取得価額は、譲渡資産の取得価額を基礎として計算されます。
例えば、代替資産が賃貸物件の場合、賃料収入は不動産所得として総合課税の対象となります。引き継ぐ取得価額が低く、必要経費に算入できる減価償却費が少なくなると、その後の所得税等の負担が増える可能性があります。
特別控除と買換えの比較例
以下の例では、買換えの特例を適用した場合、譲渡資産の税務上の簿価を、代替資産の土地・建物に各500万円ずつ引き継ぐものとして比較します。計算を簡略化するため、譲渡所得に対する税率を20%、不動産所得に対する税率を40%と仮定しています。実際の税率は、所有期間、所得金額、復興特別所得税などにより異なります。
| 共通の前提 | ||
|---|---|---|
| 譲渡額/代替資産の取得価額 | 1億円/土地5,000万円・建物5,000万円(合計1億円) | |
| 譲渡資産の税務上の簿価 | 土地500万円・建物500万円(合計1,000万円) | |
| 償却期間・年間収支 | 建物は10年で均等償却/家賃収入1,000万円/減価償却費以外の経費200万円 | |
| 税負担の比較 | ||
| 区分 | 5,000万円特別控除 | 買換え |
| ① 譲渡時の税額 | 9,000万円(譲渡益)-5,000万円(特別控除)=4,000万円 課税譲渡所得4,000万円×20%=800万円 | 0万円(全額課税繰延べ) |
| 取得後の税務上の簿価・年間減価償却費 | 土地5,000万円・建物5,000万円 年間償却費:5,000万円÷10年=500万円 | 土地500万円・建物500万円 年間償却費:500万円÷10年=50万円 |
| 年間不動産所得 | 1,000万円(賃料)-200万円(経費)-500万円(減価償却費)=300万円 | 1,000万円(賃料)-200万円(経費)-50万円(減価償却費)=750万円 |
| 年間の税額 | 300万円×40%=120万円 | 750万円×40%=300万円 |
| ② 10年間の賃貸所得に対する税額 | 120万円×10年=1,200万円 | 300万円×10年=3,000万円 |
| 税額合計(①+②) | 2,000万円 | 3,000万円 |
特別控除は譲渡時の課税を減らす制度であるのに対し、買換えの特例は課税を将来へ繰り延べる制度です。上記は簡略化した比較の一例であり、取得価額や減価償却費、適用税率、保有期間、将来の売却などの条件によって有利・不利が異なるため、実際の条件に基づいて税負担を試算します。
3-4収用の特別控除と買換えの重複適用の可否
個人の譲渡所得は、原則として資産を引き渡した日の属する年の所得として申告しますが、契約の効力が発生した日の属する年の所得として申告することもできます。収用では、契約締結後に、収用される土地上の建物の曳家(引き家)や取壊し等を行ってから土地を引き渡すため、契約と引渡しが年をまたぐことがあります。
また、同じ公共事業について複数の資産の譲渡が年をまたぐ場合には、最初の年の譲渡に5,000万円特別控除を適用し、翌年以降の別の譲渡に買換えの特例を適用することが可能です。
これは、同じ収用について同一年に両方の特例を適用するものではなく、異なる年の譲渡について、それぞれの要件を満たす特例を適用するものです。なお、5,000万円特別控除を受けられるのは、同じ公共事業について最初に譲渡した年に限られます。
最初の年に買換えの特例を適用した後、翌年以降の譲渡に5,000万円特別控除を適用することはできません。
3-5翌年以降の取得・支出に関する手続
収用等に伴う補償金の受領時期と、代替資産の取得や交付目的に沿った支出の時期は一致しないことがあります。この場合には、補償金の種類に応じて明細書の添付や課税延期の申出を行います。主な手続は次のとおりです。
| 補償金等 | 書類・申出 | 取扱い・提出時期 |
|---|---|---|
| 対価補償金 | 買換(代替)資産の明細書 | 代替資産を翌年以降に取得する見込みで買換えの特例を受ける場合に、収用等があった年分の確定申告書へ添付します。 |
| 移転補償金・ 経費補償金 | 書面による申出 | 所定の期間内に交付目的に沿った支出が確実と認められる部分について、収用等があった年分の確定申告書を提出する際に課税延期を申し出ます。対象額は、支出期限と実際の支出日のいずれか早い日の属する年分の収入に算入します(措置法関係通達33-33)。 |
| 収益補償金の 一定部分 | 書面による申出 | 書面で申し出ることで、所定の立退日の属する年まで課税を延期できます。所定の立退日前に立ち退いた場合は、実際の立退日の属する年までとなります。実務上は、収用等があった年分の確定申告書と併せて申し出ます(措置法関係通達33-32)。 |
3-6申告手続(5,000万円特別控除)
確定申告でこの特例の適用を受ける場合は、確定申告書に特例の適用を受ける旨を記載し、譲渡所得の内訳書、公共事業用資産の買取り等の申出証明書・買取り等の証明書、収用等の証明書を添付します。
3-7申告手続(代替資産への買換え)
資産を取得している場合
取得した資産の内容や取得価額に基づいて特例の適用額を計算し、譲渡所得の内訳書、収用等の証明書、資産の取得を証明する書類などを添えて申告します。
資産を取得予定の場合
代替資産を翌年以降に取得する見込みで特例を受ける場合の手続は、3-5のとおりです。
04法人の場合の留意点
法人には、個人の所得税のような所得区分はありません。ただし、補償金の内容によって特例の適用可否や経理処理が異なるため、その内訳を確認する必要があります。
4-1グループ全体での特別控除の限度額
2020年度税制改正により、2022年4月1日以後に開始する事業年度から、法人による完全支配関係があるグループ全体で、同一年(暦年)の特別控除の限度額を5,000万円として判定します。
このため、グループ内で所有権を移転しても、個人のように譲渡者ごとに5,000万円の控除枠を利用できるわけではありません。
グループ全体での限度額判定では、各社の決算期が異なる場合でも、譲渡日が属する1月1日から12月31日までの暦年単位で合計します。他のグループ法人が同じ暦年に適用する特別控除額を確認し、各社の申告に反映する必要があります。
4-2特別勘定と仮勘定経理
法人では、補償金を受領する事業年度と、代替資産の取得や移転等に伴う支出を行う事業年度が一致しないことがあります。この場合には、一定の要件のもとで課税を繰り延べる取扱いがあります。対価補償金に係る「特別勘定」、経費補償金・移転補償金等に係る「仮勘定経理」、収益補償金の一定部分に係る「仮受金経理」は、それぞれ対象や要件が異なります。
| 補償金 | 取扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 対価補償金 (対価とみなされるものを含む) | 事業年度中に代替資産を取得できず、所定の期間内に取得する見込みがある場合、差益相当額を特別勘定として経理し、損金に算入します。その後、代替資産を取得した事業年度に圧縮記帳を行います。 | 措法64条の2 |
| 経費補償金・移転補償金等 | 対価補償金として扱うものを除き、原則として収用等の日から2年を経過した日の前日まで仮勘定として経理できます。対応する費用の支出や資産の取得等についても、仮勘定として経理します。 | 措通64(3)-15 |
| 収益補償金の一定部分 | 所定の立退日(その日前に立ち退いた場合は実際の立退日)まで、仮受金として経理できます。 | 措通64(3)-16 |
4-3申告手続(5,000万円特別控除)
法人税の確定申告書に特別控除額の損金算入に関する明細書を添付し、申告書に損金算入額を記載します。公共事業施行者から交付された買取り等の申出証明書や収用等の証明書なども保存します。
4-4申告手続(代替資産への買換え)
資産を取得している場合
取得した資産の内容や取得価額に基づき、圧縮記帳に必要な経理処理を行い、申告書に所定の明細書を添付します。
資産を取得予定の場合
4-2の特別勘定の適用に必要な経理処理を行い、所定の明細書を申告書に添付します。
本記事は、最終更新日時点の法令等に基づき、情報提供等を目的として当法人の見解等を掲載したものです。情報の正確性に細心の注意を払っておりますが、掲載した情報の使用に起因して生じる結果に対して一切の責任を負うものではありません。
ご自身のケースに当てはめた判断が必要な場合は、税理士等の専門家にご相談ください。
